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札幌地方裁判所 平成元年(わ)161号 判決

本籍

北海道余市郡余市町大川町六丁目一番地

住居

同郡余市町黒川町八三二番地五七

会社役員

近松新一

昭和二五年一〇月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官福原健治出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、北海道余市郡余市町黒川町八三二番地五七において、「丸新青果」の屋号で主としてりんごの訪問販売をする青果物小売業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外し、架空名義の預貯金を設定するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六〇年三月一五日、余市郡余市町朝日町一番地所在の所轄余市税務署において、同税務署長に対し、同五九年分の実際総所得金額が二三一九万一六二九円であり、これに対する所得税額が七七一万三六〇〇円であったにもかかわらず、総所得金額が二五四万六三五〇円であり、納付すべき所得税額は五万八七〇〇円ある旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同日を徒過させ、もって、不正の行により正規の所得税額とその申告税額との差額七六五万四九〇〇円を免れ、

第二  昭和六一年三月一一日、前記余市税務署において、同税務署長に対し、同六〇年分の実際総所得金額が四五八九万九三八五円であり、これに対する所得税額が二〇五〇万五九〇〇円であったにもかかわらず、総所得金額が五八〇万九六八〇円であり、納付すべき所得税額は六二万九〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同六一年三月一五日を徒過させ、もって、不正の行為により正規の所得税額とその申告税額との差額一九八七万六九〇〇円を免れ、

第三  昭和六二年三月一六日、前記余市税務署において、同税務署長に対し、同六一年分の実際総所得金額が七三〇八万七五一二円であり、これに対する所得税額が三八二七万三九〇〇円であったにもかかわらず、総所得金額が六四三万八四二〇円であり、納付すべき所得税額は七六万一五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限である同日を徒過させ、もって、不正の行為により正規の所得税額とその申告税額との差額三七五一万二四〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書七通

一  近松清子の検察官に対する供述調書

一  関武敏及び近松清子(七通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の現金調査書、預貯金調査書、有価証券調査書、保険積立金調査書、出資金調査書、前払金調査書、前払保険料調査書、貸付金調査書、敷金調査書、建物調査書、車両運搬具調査書、工具・器具・備品調査書、土地調査書、支払手形調査書、買掛金調査書、借入金調査書、未払金調査書、事業主貸調査書、事業主借調査書、専従者給与調査書、青色申告控除額調査書、事業専従者控除額調査書、利子所得調査書、雑所得調査書、譲渡所得調査書及び調査事績報告書(二通)

一  検察官作成の捜査報告書(甲二四号証)及び電話通信書

一  押収してある所得税確定申告書三枚(平成元年押第九一号の3ないし5)

判示第一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲二号証)

判示第二及び第三の各事実について

一  富沢富子及び後藤利正(二通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

判示第二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲三号証)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲四号証)

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、子供に財産を残すなどの利己的意図のもとに、経営規模の拡大により大幅に伸長したりんごの訪問販売等による売上の大部分を隠匿し、三年間にわたって合計六五〇〇万円余りの所得税を免れたという事案であるところ、その逋脱税額は高額で、逋脱率も平均約九八パーセントと甚だ高率であるのみならず、被告人は納税意識に乏しく、経理帳簿類を作成しないまま杜撰な会計管理を行なう一方では、妻に指示するなどして他人名義や架空人名義の預貯金口座を多数開設する等の方法により脱税による利益を隠匿していたもので、その態様は悪質であり、被告人の刑事責任は軽視し難いものといわなければならない。

しかしながら、他方、被告人は、本件犯行を摘発されるや、犯行を後悔し、捜査にも終始すすんで協力するなど反省悔悛の情を示し、逋脱にかかる本税はもちろんのこと延滞税、重加算税も全額納付済であり、相当の経済的、社会的制裁を受けていること、昭和六二年五月から営業を法人化し、経理担当の社員を配置した上、税理士に会計監査を委ねて、従前の杜撰な経理態勢を改善していること、被告人は妻子のほか約一五名の従業員の生活に対しても責任を負うべき地位にあること、被告人には若年時に傷害罪で三回罰金刑に処せられたことがあること及び交通関係の反則を除き前科・前歴が存しないことなど、被告人にとって有利に斟酌すべき事情も認められるので、これら諸般の事情を総合勘案し、被告人に対しては、主文掲記の刑に処した上、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 若原正樹 裁判官 伊澤文子)

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